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なぜバセドウ病にヨウ素(ヨード)が効くのか?

2023.01.12  ()
プレスリリースプレスリリースプレスリリース医学研究科

― 150年にわたる謎を解くカギ ―

順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学 内田豊義 准教授、綿田裕孝 教授らの研究グループは、長崎大学 原爆後障害医療研究所 放射線生命科学部門 分子医学研究分野 永山雄二 教授らの研究グループとの共同研究で、バセドウ病に対する治療として広く用いられるヨウ素*1の長期投与が、甲状腺内のホルモン*2生合成およびその分泌に対して抑制的に作用して、治療効果を発揮することをバセドウ病モデルマウス*3を用いた研究により明らかにしました。本研究は米国甲状腺学会の公式機関誌であるThyroidに先行公開(2022年12月23日付)されました。
本研究成果のポイント
  • なぜヨウ素がバセドウ病に有効なのかメカニズムは不明であった
  • ヨウ素が甲状腺でのホルモン生合成や血中への分泌を抑制することを見出した
  • 分子機序に立脚したバセドウ病治療の選択が可能に

背景

バセドウ病は、体の代謝をつかさどる甲状腺ホルモンが過剰分泌され、動悸、体重減少、指の震え、暑がり、汗かきなどの症状が出現する病気です。下垂体から分泌され甲状腺ホルモンの分泌を増加させるTSHというホルモンの受容体に対する抗体(TSAb)が体内で作られてTSH受容体を刺激し続け、甲状腺ホルモンが過剰に産生・分泌されることにより起こります。
自然界に存在するミネラルの一つであるヨウ素は、バセドウ病患者において甲状腺ホルモン値の低下効果を有することから、そのため、臨床症状の改善効果(抗甲状腺作用)をもたらす薬剤として19世紀中盤以降、約150年にわたり使用されてきました。一方で、ヨウ素投与を継続すると中等度から重度のバセドウ病では効果に耐性が生じる「エスケープ現象」が存在することが明らかとなり、また1940年以降、バセドウ病に対する薬物療法として強力な甲状腺ホルモン生合成阻害を主たる薬理作用とするチオナマイド系薬(メルカゾール、プロパジール)が登場したことで、バセドウ病の治療におけるヨウ素の使用は一旦、限定的ものとなりました。しかし、最近ではヨウ素も見直され、ヨウ素をチオナマイド系薬と併用することがバセドウ病初期治療の標準的な治療法となりつつあります。さらに、軽症のバセドウ病であれば、ヨウ素単独で十分な効果が得られることも分かりました。
一方で、このようなバセドウ病に対するヨウ素の抗甲状腺作用がどのような機序によるものか、明らかになっていませんでした。そこでヨウ素をより適切に使用するためには、その抗甲状腺作用の分子機序を解明することが重要であると考え、バセドウ病モデルマウスを用いて研究を行いました。

内容

バセドウ病モデルマウスにヨウ素を12週間にわたり経口投与した結果、バセドウ病モデルマウスに認める甲状腺機能亢進症は正常化しました。この甲状腺機能改善効果がどのような分子メカニズムに基づくか、甲状腺組織を用いたRNA sequencing解析*4により甲状腺内の遺伝子発現と質量分析*5を行い甲状腺内のホルモン含量を解析したところ、バセドウ病モデルマウスでは、甲状腺内T3およびT4量の増加とホルモン生合成(NIS、TPO、Dio1)および輸送(OATP4a1)に関わる分子群の発現が有意に増加していました(図A-B)。またヨウ素投与により甲状腺内T4量のさらなる増加とバセドウ病で増加していた上述の分子群の発現が有意に減少していました(図C)。そのため、ヨウ素投与による甲状腺内のT4量の増加は甲状腺ホルモンの細胞外への分泌低下を示唆していると考えました。以上より、バセドウ病に対するヨウ素の抗甲状腺作用は、甲状腺ホルモン生合成およびその分泌を抑制することで発揮されると考えられます。

図1

図. 甲状腺における甲状腺ホルモン生合成と分泌のメカニズム
A. 血中ヨウ素濃度が正常でかつ甲状腺機能正常の場合:下垂体から分泌されるTSHがTSH受容体(TSHR)を刺激し、Na/I共輸送体(NIS)の機能を高め、ヨウ素(I)取り込みが促進される。細胞内に取り込まれたヨウ素は、甲状腺特有の構造である濾胞腔という細胞外の空間に輸送され、甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)を触媒としてDual oxidase 2 (Duox2)により産生された過酸化水素と酸化反応を起こす。その結果、サイログロブリン(Tg)上のチロシン残基にヨウ素が付加(有機化)され、甲状腺ホルモン(T1-4)が産生される。産生された甲状腺ホルモンは、サイログロブリンとともに再び細胞内に取り込まれ、タンパク分解を経て、T1とT2はヨウ素供給のため再利用、T3とT4は血液中へ分泌される。T4の一部は1型脱ヨード酵素(Dio1)によりT3へ変換される。B, C:文中解説参照

今後の展開

本研究結果により分子機序に立脚した治療選択が可能となり、バセドウ病に対する治療の最適化につながることが期待されます。また、バセドウ病に対するヨウ素の抗甲状腺作用には、甲状腺内のヨウ素輸送やホルモン生合成、ホルモン輸送など様々な分子の遺伝子発現の変化を伴うことが分かりました。そこで、「ヨウ素というミネラルがどのように遺伝子発現に影響して抗甲状腺作用をもたらすのか」という疑問が生じます。今後の研究において、この疑問に対する答えを見つけていきたいと考えています。このことは真の「150年にわたる謎を解く」こととなります。またその研究の延長上には、ヨウ素治療の限界である「エスケープ現象」を解決する糸口を見いだせると期待しています。

用語解説

*1 ヨウ素
ヨードと表記されることもある。英語表記ではiodine。
原子番号53、原子量126.9の第17族ハロゲン元素に属する非鉄金属元素で、常温で固体の元素です。ヨウ素は元素記号 I、あるいは分子式が I2 と表される水素(H2)や酸素(O2)に代表される等核二原分子であるヨウ素の単体の呼称です。古くからヨードチンキに代表される殺菌剤やレントゲン造影剤など、身近なところで利用されています。「(株)合同資源『ヨウ素とは』より引用・一部改変」

*2 甲状腺ホルモン
ヨウ素を原材料として、甲状腺内で生合成されるチロシン(アミノ酸)にヨウ素が付加された化合物であるヨード化チロシンの呼称です。ヨードチロシンは付加されるヨウ素量に応じてT1、T2、T3およびT4、さらにT4が代謝されたreverseT3の5種類があります。このうち、主としてT3、T4が、甲状腺から血液中へ分泌され、様々な臓器で生理作用を発揮します。

*3 モデルマウス
新たな病態の解明や治療法の開発を目的として、ヒトに起こる病気を遺伝子改変や薬剤・環境曝露により再現させたマウスのことです。

*4 RNA sequencing解析
細胞内の遺伝子の動き(RNA発現量変化)を定量する方法の1つです。網羅的に全遺伝子の発現量を定量した後に、対照群と処置群の遺伝子発現量を比較することで、処置群でどのような遺伝子群が変動しているかを明らかにすることができます。さらにその遺伝子の細胞内機能の紐づけを行い、統計学的に処理を行うことで、発現変動遺伝子に特有な分子機能や細胞内の局在、さらにはそれら遺伝子同士の相互作用を考慮することで、どのような細胞内ネットワークを制御しているかを明らかにすることができます。

*5 質量分析
物質は化学的には原子、分子、イオン等などが数多く集まってできています。これらはいずれも質量(「物質の動きにくさの度合い」であり、重力によらない物体を構成する不変な物質の量のこと)を持っていますが、これら化学物質をイオンの状態にし、その質量を測定することにより原子量/分子量、分子構造、存在量(濃度)、存在形態などを明らかにする分析法です。「(一社) 日本分析機器工業会 『1. 質量分析法の原理』より引用・一部改変」
研究者のコメント
海に囲まれた日本は、海底に眠る地下資源であるヨウ素の世界第2位の産出量を誇り、ヨウ素欠乏が医学的に問題となる大陸の国々にとって、重要な役割を担っています。このような背景からヨウ素に関する医学的な研究成果を日本から発信する意義は大きいと考えています。
本研究がバセドウ病の治療薬としてのヨウ素の分子機序解明のみならず、放射性物質による甲状腺の内部被曝の回避(甲状腺ブロック)やヨウ素欠乏による新生児・幼児の神経発育障害の分子機序解明へと発展できることを期待しております。

原著論文

本研究は米国甲状腺学会の公式機関誌であるThyroidに先行公開(2022年12月23日付)されました。
論文タイトル:The effect of long-term inorganic iodine on intrathyroidal iodothyronine content and gene expression in mice with Graves’ hyperthyroidism
論文タイトル(日本語訳):「バセドウ病に対する長期間の無機ヨウ素治療が甲状腺内ホルモン合成量と遺伝子発現に及ぼす効果」
著者:Toyoyoshi Uchida 1, Mika Shimamura 2, Hikari Taka 3 , Naoko Kaga 3 Yoshiki Miura 3, Yuya Nishida 1, Yuji Nagayama 2 and Hirotaka Watada 1
著者(日本語表記):内田豊義 1、嶋村美加 2、高ひかり 3、加賀直子 3、三浦芳樹 3 、西田友哉 1、永山雄二 2、綿田裕孝 1
所属:1. 順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学、2. 長崎大学 原爆後障害医療研究所 放射線生命科学部門 分子医学研究分野、3. 順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター 生体分子研究室
DOI: 10.1089/thy.2022.0496.
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。