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肺がん「肺浸潤性粘液性肺腺癌」の予後予測が可能に

2020.10.08  ()
プレスリリースプレスリリースプレスリリース医学研究科

~ 粘液発現タイプの測定による診断の細分化と治療法の選択へ ~

順天堂大学医学部人体病理病態学講座の岸川さつき 助手、林 大久生 准教授、齋藤 剛 准教授、呼吸器外科学講座の高持一矢 准教授らの研究グループは、肺癌の一種である浸潤性粘液性肺腺癌*1において、腫瘍細胞の粘液発現タイプを解析することにより、患者の予後*2が予測できる可能性を見出しました。浸潤性粘液性肺腺癌では、患者の予後に個人差があることが課題でしたが、今回の研究で粘性物質のムチンMUC6*3を高発現するタイプの浸潤性粘液性肺腺癌では、良好な予後が期待されることがわかりました。これまで不明であった浸潤性粘液性肺腺癌の予後と腫瘍の粘液発現タイプとの関係が明らかになったことで、今後の肺腺癌の診断および治療に大きく道を拓く可能性を示しました。本研究は米国・カナダ病理学会誌「Modern pathology」オンライン版で発表されました。
本研究成果のポイント
  • 浸潤性粘液性肺腺癌における粘液発現パターンと患者の予後との関連を発見
  • 腫瘍の粘液発現タイプが、浸潤性粘液性肺腺癌の診断の細分化および予後予測に有用である可能性
  • 今回発見した粘液発現タイプを基盤にした肺腺癌の治療法選択に道
研究グループからのコメント

近年、分子標的治療や免疫療法等、肺癌に対する様々な治療法が開発され、従来の病理形態診断に加えて、病理標本を用いたバイオマーカーの同定が治療法選択に重要な位置を占めるようになっています。現在、当研究グループでは、肺癌の予後や新規治療開発につながるバイオマーカー開発を目指して研究を進めています。

背景

肺癌は国内において癌で死亡する原因の一位を占めており、なかでも、肺腺癌の一種である浸潤性粘液性肺腺癌は、未だ効果的な治療法がなく、化学療法、外科手術、放射線治療を組み合わせた治療が行われています。また、分子標的治療*4の対象となり得る遺伝子異常が少なく、患者の予後に個人差があることが課題でした。浸潤性粘液性肺腺癌には限局性病変を形成する予後のよい群と、両側の肺に広く進展する予後の悪い群があることから、患者のよりよい治療法選択のために、このような群を簡便に区別する方法の開発が必要とされています。そこで今回、研究グループは、浸潤性粘液性肺腺癌を区別し、診断の細分化と患者の予後を予測することを目的に浸潤性粘液性肺腺癌の粘液に着目して、網羅的遺伝子解析と粘液発現パターンを組み合わせた解析を進めました。

内容

研究グループは、順天堂医院で患者から切除された浸潤性粘液性肺腺癌の組織に対し次世代シークエンサー*5を用いた網羅的遺伝子解析と免疫組織化学によるタンパク発現の統合的解析を行い、腫瘍の分子病理学的特徴や粘液発現パターンを詳細に調べました。その結果、浸潤性粘液性肺腺癌のすべての再発は肺内に限局し、肺外転移もみられなかったことから、一般的な肺腺癌とは大きく異なる特徴をもつことがわかりました。さらに、遺伝子解析の結果から癌の発生・進展に直接的に重要な役割を果たすドライバー遺伝子*6の変異として約3分の2にKRAS変異*7がみられ、一般的な肺腺癌でみられるEGFR変異, ALK, ROS1, RET融合遺伝子は認めませんでした(図1)。そして、KRAS変異型の方がKRAS野生型に比べ予後不良であることがわかりました。

図1

図1 肺浸潤性粘液性肺腺癌の遺伝子解析結果
A: 肺浸潤性粘液性肺腺癌のドライバー遺伝子変異割合: 約2/3はKRAS変異陽性であった。
B: KRAS変異のサブタイプ: 一般的な肺腺癌ではG12Cが多いが浸潤性粘液性肺腺癌においてはG12V, G12Dが多く、これは大腸癌や膵癌と同じ傾向であった。
一方、粘液発現パターン解析の結果では、粘膜の粘性物質ムチンMUC1およびMUC4陽性例は陰性例に比べ予後不良でした。さらに、ヒトでは通常発現の無いMUC6が高発現する症例群は、MUC6陰性・低発現の症例群に比べ予後良好であり、MUC6高発現群においては1例も再発、死亡を認めないことがわかりました。そして、MUC6高発現症例は、より小さな腫瘍径、女性、KRAS野生型と有意に関連していることが明らかとなりました(図2)。

図2

図2 MUC6と予後との関係
A:組織染色像 左: MUC6高発癌例の組織染色像。腫瘍細胞のほとんど全てがMUC6に陽性(茶色に染色されている)。浸潤性粘液性腺癌の27%にMUC6高発現症例を認め、女性、小さい腫瘍径、KRAS野生型と関連することが明らかとなった。 右: MUC6低発現例(茶色の染色が少ない)。B: 生存率のグラフ:浸潤性粘液性腺癌においてMUC6高発現例は陰性・低発現症例と比較し、死亡率、再発率双方において良好な予後が期待されることが明らかとなった。特に、MUC6高発現例においては死亡も再発も認めなかった。
これらの結果から、浸潤性粘液性肺腺癌における腫瘍の粘液発現パターンを調べることで、患者の予後が予測できる可能性を見出しました。今回の研究でMUC6が高発現するタイプの浸潤性粘液性肺腺癌では、良好な予後が期待できることがわかりました。
以上より、これまで不明であった浸潤性粘液性肺腺癌の予後と腫瘍の粘液発現タイプとの関係を明らかにできたことで、今後の肺腺癌の診断の細分化と治療法選択に大きく道を拓く可能性を示しました。

今後の展開

現在、肺浸潤性粘液性肺腺癌は患者によって様々な予後をたどりますが、外科的治療以外の治療としては一般的な化学療法が選択されています。本研究の成果は、浸潤性粘液性肺腺癌症例のがん細胞の粘液発現パターンを調べ、MUC6の高発現を認めた場合には患者に良好な予後が期待できることを示しており、さらなる研究により本成果を検証することで、肺腺癌における予後と結びついた診断および適切な治療選択によるがん個別化医療*8の発展が期待されます。

用語解説

*1. 浸潤性粘液性肺腺癌:粘液を豊富につくるタイプの肺腺癌。肺腺癌の特殊型に分類される。
*2. 予後:今後の病状についての医学的な見通しのこと。
*3. MUC6 :ムチンは動物の腸管、気道、口腔、子宮などの粘膜に見られる粘性物質で細胞保護,外界から異物を防ぐ免疫機能および、その糖鎖構造による細胞間相互作用(白血球、細菌、ウイルスとの受容体としての働き)などを担っている。この粘液蛋白の主成分が、ムチンと呼ばれる, 糖鎖を多量に含み分子量が数百万と非常に大きな糖タンパク質で、MUC6はその一種。
*4.分子標的治療: がん細胞の表面にあるたんぱく質や遺伝子をターゲットとして効率よく攻撃する治療。ゲノム・分子レベルでがん細胞の特徴を認識し、がん細胞の増殖や転移をおこなう特定の分子だけを狙い撃ちにするため、正常な細胞へのダメージが少ない治療法。
*5. 次世代シークエンサー:塩基配列解読の超高速化、1回のシークエンスで数千万から数億のDNA断片について大量並列に処理する能力を備えており、全ゲノムにわたる大きなDNAのシークエンスを迅速に行うことができる配列解読装置のこと。
*6. ドライバー遺伝子:発がんやがんの悪性化の直接的な原因となるような遺伝子。
*7. KRAS変異:KRAS遺伝子とはがん遺伝子のひとつで、細胞増殖を促進するシグナルを、細胞内で伝達するという役割を持つKRASタンパクを作り出す遺伝子。 KRAS遺伝子にはKRAS野生型とKRAS変異(遺伝情報に異常がある)型がある。
*8. 個別化医療:プレシジョン・メディシンとも呼ばれる。近年、分子標的薬が多数開発されており、検出された遺伝子変化に応じて分子標的薬を精密に選択する医療。

原著論文

本研究成果は、米国・カナダの病理学の科学雑誌の「Modern pathology」誌のオンライン版(2020年10月6日付)で公開されました。
論文タイトル: Diffuse expression of MUC6 defines a distinct clinicopathological subset of pulmonary invasive mucinous adenocarcinoma.
タイトル日本語訳: MUC6びまん性発現を示す浸潤性粘液性肺腺癌は特徴的な臨床病理像を呈する
著者: Satsuki Kishikawa, Takuo Hayashi, Tsuyoshi Saito, Kazuya Takamochi, Shinji Kohsaka, Kei Sano, Noriko Sasahara, Keita Sasa, Taisei Kurihara, Kieko Hara, Yoshiyuki Suehara, Fumiyuki Takahashi, Kenji Suzuki, Takashi Yao
著者(日本語表記):岸川さつき1、林大久生1、齋藤剛1、高持一矢1、高阪真路2、佐野圭1、笹原典子1、佐々恵太1、 栗原大聖1、原貴恵子1、末原義之1、高橋史行1、鈴木健司1、八尾隆史1
所属機関:1. 順天堂大学医学部、2. 国立がん研究センター研究所
DOI:https://doi.org/10.1038/s41379-020-00690-w
本研究は、国立がん研究センターとの共同研究として、JSPS科研費 JP18K15095, JP19K07469 、日本医療研究開発機構 JP18ck0106252、武田科学振興財団、喫煙科学研究財団による支援を受けて行われました。

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